全てのはじまりは1995年に起こった阪神大震災であった。家族、友人の安否を確認し、隣近所の救済をする中、ドゥイツ・キエルトは考えた。自分ができることは何か、、、。結果として、ドゥイツは二つの行動をとることになる。一つ目は、近隣の避難所にて、災害者に食事の提供をすること。二つ目は、メディアを介して取材内容を報じることであった。
この経過を経て、ドゥイツはジャーナリスト兼写真家としての道を歩み始める。やがて、1984年以来営業してきた会社をマスコミ媒体に一変させることになる。ドゥイツの専門取材分野は、日本の歴史やファッションはもとより、アジア各地で起こった大地震に及ぶ。
1999年台湾大地震、2001年インド西部大地震、2004年スマトラ沖大地震、2005年パキスタン大地震、2008年中国四川省大地震と、ドゥイツはアジア各地の大地震をカバーし続けている。2011年東北大地震では、現地に駆けつけた外国人ジャーナリスト第一陣の一人であった。原発災害が騒がれている中、福島にとどまり続けて災害状況を取材し続けた数少ない外国人ジャ-ナリストでもある。


90年代後半に東京と大阪の街角で勃発した日本独自のストリートファッション。この動きに触発され、ドゥイツは2002年11月22日に